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  • 防衛力を高める必要性。

    こんにちは。秋田市議会議員の宇佐見康人です。
    この土日は各地でお祭りが行われました。暑さにやられた人はいないでしょうか?この後も暑さが続くようですので熱中症対策はしっかりとしましょう。
    この土日、土崎では港の祭典が行われあきた港には護衛艦のすずなみと潜水艦のこくりゅうが入港しました。動く潜水艦を見たのは初めてでしたのでとても感動をしました。潜水艦の中は思ったよりも広く感じましたがあの中で何日も任務を遂行するというのは並大抵ではできないなと感じました。
    災害時のみ自衛隊の活躍が注目されますが、平時でも我が国の防衛のために任務に当たられていることを考えると本当に頭が下がります。
    先の大戦の教訓から軍隊を持つと侵略戦争(私は当時の状況を判断すれば侵略戦争だとは思っていませんが、戦後の裁判により侵略戦争だとされてしまったのでそれはそれで受け入れています。)をするのではないかと不安視する声も聞こえますし、今回のイージス・アショアの件でも防衛力を高めると他国を刺激するので危険だという声も聞こえます。その気持ちも分かりますし、全世界、各国において軍隊や武力というのは無いにこしたことはないです。
    しかしながら現実問題として軍事力を強化している周辺諸国がある以上、国民の生命と財産を守るために防衛力を整えておく必要性の議論は無視するわけにはいきません。
    政治家の果たすべき役割は平和を守り続けるということですが、そのプロセスをどうするのかというところで様々な議論が生まれます。
    軍事力を強化する前に話し合いで解決するべきだという主張もありますが、私は、交渉の前段階としてバランスがしっかりと取れていなければ交渉すら出来ないと思っています。武力による威嚇やあからさまな領海、領空侵犯をしている国に対して「話し合いで解決しましょう!」と言ったところで相手にすらされません。現実から目を背けた平和を願うだけではなく、現実に向き合った平和を求めるということこそが私たちの果たすべき役割です。
    こう書くと、「戦争を知らない世代の戯言」「戦争の悲惨さを分かっていない」「戦争をしたい右翼」という言葉が聞こえそうですが、平和を求めるのに右、左というスタンス、立ち位置は関係ありません。どうやって平和を維持していくかが問題であり、そこにイデオロギーを組み込むからゴールが見えなくなってしまうのです。
    先日の全員協議会では「理解を示している人もいる」という発言をしましたが、一部の人たちからはその後の発言を全く無視してそこだけを切り取り疑問視している人たちもいました。私は政治家なので発言への責任はとりますが、客観的に見て一部を切り取るやり方は関心できませんし、自分と主義主張が合わない考えを排除しようとする姿勢でどのようにして話し合いで解決しようと思っているのか、素朴に疑問に思います。

    また、この後仮に、北朝鮮が終戦に至った際に現在の体制を保障する限りは見せかけの平和でしかありません。北朝鮮2000万人の人権は無視するのか、拉致被害者の救出はどうするのか、核以外の日本を射程に納めているミサイルはどうするのか、それらも考えずに進んでいくのは、後世にとっても無責任であり、拉致問題解決のために全力で頑張ってきた方々にも失礼極まりないことです。

    今後、日本の防衛体制がどのように進んでいくのか分かりませんし、世界のバランスがどのように保たれていくのか分かりませんが、間も無くやってくる8月15日という特別な日に向けてそういった議論も様々な分野でしていけたらと思います。